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人間のレジリエンス

教えが伝わるほど穏やかな家

他者を悪く思いながら、整った神経系を保つことはできない。ウェルネスの脱植民地化が一つの家に求めるもの、そして穏やかな家が育てるためにあった、古い役割について。

白髪に眼鏡をかけたトニー・スクレルーナスの母が、ブルーシートの上に膝をついて羊の毛を刈っている。野球帽をかぶった若い女性が羊の脚を押さえ、ほかの人たちは折りたたみ椅子から見守っている。
アリゾナ北部のナバホ・ネーションで羊の毛を刈る母。二〇一九年五月。若い手伝いの人が羊を押さえ、ほかの人たちが見守っている。

この夏、ある言葉が私のもとに訪れ、それ以来ずっと手放せずにいる。ウェルネスの脱植民地化、という言葉だ。数日後、私はそれを声に出して考えてみた。するとその言葉は、私をまっすぐ私たち自身の共同体へと連れていった。同じ言葉、同じ儀式、同じ家系を分かち合う人々が、どれほどしばしば互いを引き裂き合うことになるのか。そしてそれが、一つの家の内側で何をもたらすのか。

そのとき次に口にしたことが、私にとってはいまも、この問題全体の中心にある。憎みながら、他者を悪く思いながら、整った神経系を持つことはできない。身体は、隣人に向ける感情のための部屋と、自分が住んでいる感情のための部屋とを、別々に用意してはくれない。垣根越しに送り出すものが何であれ、あなた自身もまた、そのなかに座っているのだ。

同じ方向を指し示す研究もある。二〇〇六年、ヨス・ブロスホット、ウィリアム・ジェリン、ジュリアン・セイヤーの三人の研究者は、『Journal of Psychosomatic Research』誌で、つらい瞬間そのものは、身体に長く残る害を与えるには短すぎることが多い、と提唱した。害をなすのは繰り返し思い返すことのほうだ、と彼らは論じた。その出来事を何度もなぞり直すことで、瞬間が過ぎ去ったあとも長く、ストレス反応が動きつづける。恨みとは、そうした思い返しを何年も持ち運ぶことである。

誰にでも役割があった

遠い昔、自分の感情と自分の思考を治めることができ、意志をもって前向きな思いを保ちつづけた人々こそが、共同体をしなやかに強く保ってきた物語や歌や教えを生み出した者たちだった。健康についての知識も、気候についての知識も、食の仕組みや農についての知識も、そうやって受け渡されてきた。書き留めることはできなかった。あったのは聴くことと見ることであり、それですべてだった。

だから、家の状態は、知識そのものと同じくらい大切だった。曾祖母は、電気も水道もないビッグマウンテンのホーガンで私を育てた。そこでは、説明というかたちで私に届いたものは、ほとんど何もなかった。私は見て、聴いて、正された。そして年月をかけて、知識はやって来た。それが成り立つのは、子どもがそれを受け取れるほど落ち着いていられる家においてだけである。

そして、誰にでも役割があった。天候と土地を読む、見張る者がいた。越えられないものを越え、ほかの民の世界を受け取り、それをまるごと故郷へ持ち帰る、遠い使者(ファー・メッセンジャー)がいた。癒やし手がいて、農夫がいて、建てる人がいた。共同体とは、めいめいが自分自身に取り組んでいる個人の群れではなかった。それは、人々が互いのために担う、役割の組み合わせだった。

そうした人々の誰を育てるにも、ある種の家が必要だった。穏やかさのある家でなければならなかった。知識が穏やかに、楽しく受け渡されていく家だ。次の言い争いに身構えている子どもは、トウモロコシがどう植えられていくのかを見てはいないからだ。そしてそれは、分かち合いのある家でなければならなかった。毛刈りや刈り入れのときには隣人たちが手伝いに来てくれ、実りが来たときにはその恵みを分かち合う、そういう家である。

それが、私の言うウェルネスの脱植民地化である。ウェルネスとは、一人の人間が気分をよくするために、部屋で一人きりでするものでは決してなかった。それは、教えることのできる家の状態であり、役割が満たされた共同体の状態だった。『The Far Messengers』のなかで、あるラジオの司会者が、リトアニアの歌の守り手ラサに、あなたの話は自己啓発産業が売っているものに近く聞こえる、と言う。彼女は長いあいだ黙る。「あの人たちは、人々を取り去ったまま、道具だけを売っている。」

呼吸も、状態も、肯定の言葉も、どれも本物だと彼女は言う。自分もそのほとんどを使っている、と。けれども、そのどれ一つとして、一人きりで行うためのものではなかった。それは長老たちのいる輪のなかから生まれた。そこでは一人ひとりが、ほかの人たちのために役割を担っていた。私の言う意味でのウェルネスの脱植民地化とは、人々を元の場所へ戻すことである。

人を引き戻すもの

では、あなたを止め、遠い使者になることから引き戻すものとは何だろう。他者を悪く思うこと。他者を悪く言うこと。噂を広めること。悪い知らせを探しにいくこと——毎朝ポケットのなかで待っているのだから、これほどたやすくなったことはない。そしてその下には、もっと古いものがある。エゴを抱えること。間違った理由で、極端に張り合うこと。そのせいで、隣人の良い一年が、自分の損失として刻まれてしまう。

最初の一歩の一つは、人が自分自身を正直に見つめられることだ。二つめは、これがどこから来ているのかを知ることだ。植民地化は、多くの民を長いあいだ強く押さえつけてきた。そのように押さえつけられた民は、やがて自分自身へと矛先を向ける。向けられる先が、もうそこしか残っていないからだ。それは、どの一つの家族のものでも、どの一つの国のものでもない。それは受け継がれてきたものであり、家のなかで習慣が受け継がれていくのと同じようにして手渡されてきた。

その一方で、植民地化をした側の人々は、ほとんどがもう先へ進んでいる。彼らの多くは、自分が誰かを植民地化したとは思ってもいない。寝室が十もある家で幸せに暮らし、ボートを走らせている。そこには一つの教えがある。私たちも、同じ見方を持つことができる。私たちはようやく自由を手にした。自分たちの共同体を、自分たちの物語を、築くことができる。

暗い場所、否定の場所にとどまっているのはたやすい。そして世界のどこでも、私たちの多くがそうしている。私たちはその先へ進まなければならない。それは、いますぐにでも始められる。まずあなた自身のなかで、それから家族、家、共同体へと。隣人についての悪い思いを、まだ思いであるうちにつかまえること。それが夕食の席での一文になり、やがて噂になる前に。

つかまえるたびに、それは小さな瞬間になる。古くから受け継がれてきたものが、そのまま手渡されるか、それともそこで下ろされるかの瞬間に。役割は、いまも待っている。どの家族のなかにも、見張る者になる子ども、建てる人になる子ども、あるいは外へ出ていって何かをまるごと持ち帰ってくる者になる子どもが、どこかにいる。その子に何よりもまず必要なのは、技法ではない。教えが伝わるほど穏やかな家と、手伝いに来て、そのまま実りを分かち合っていく隣人たちである。

Tony Skrelūnas is Diné (Navajo) and Lithuanian. He writes The Ancestral Watch — Stone Breath, The Amber and the Stone, The Council Fire and The Far Messengers — and the working reader, Living as a Far Messenger. He is a PhD candidate; his dissertation looks at human and organizational performance through Diné and Lithuanian ancestral knowledge and the Japanese practices he has long studied. He holds a faculty appointment at 1440 Multiversity, where teaching is the center of the work now. He runs at dawn and hikes with a corgi named Roper.

最終確認:二〇二六年十月。